ゴスロリ聖戦〜勝利なき戦い〜

僕らは一丸とは言えずとも、「ヤツについては放置する」というある程度共通の認識の下に飲み会に向かった。何故一丸と為り得なかったのか。ユダがいたのだ。元々アレな感じの人だったので、信用はしていなかった。しかし、まさかヤツと内通しているとは思わなかった。ブルータスではなかったのが救いだ。しかし、集まるたびにユダがいる以上、表立った動きは制限され。暗黙の了解といった感じにならざるを得なかった。
飲み会が始まると、すぐにヤツの猛攻が始まった。ヤツの最初のターゲットは隣の心優しきイケメンのI先輩だった。「私は壁際族ですから」とか意味不明なことをほざきながら、しれっと上座のI先輩の隣をゲットしてやがった。僕は運の悪い事にヤツの斜め前だったため、嫌でもその会話が聞こえてきた。
ヤツ「先輩はタバコとか吸わないんですか」
I先輩「俺は吸わんね・・・」
ヤツ「タバコを吸わない人は、納税の義務を怠った非国民ですよ」
嗚呼、殺してしまいた・・・、無視無視。
I先輩「タバコは義務じゃないでしょ」
ヤツ「でも、みんなそう言いますよ」
僕は一気に酒をあおった。無視無視・・・。どうやら、I先輩は懐に入れつつコアには触れさせないという高度な作戦の様だ。しかし、開始10分でI先輩は壁に項垂れかかっていて、その会話を聞いていた僕も普段より口数は少なめだ。中々ガードの固い先輩を諦めたのか、ヤツは次にユダと共に左サイドを侵略し始めた。左サイドには元々アッチ系の人と防御が甘めの人が集まっていたため、彼らは瞬時に籠絡された。左サイドはヤツの拠点となったのだ。
そして、その境に位置する僕にも魔の手が伸びてきた。
S先輩「今年の四年生でストレートでここまで来てない人いる」
僕「あー、僕は一年浪人してますね」
S先輩「じゃあ、俺らとタメやね。タメ語でいいよ」
僕「勘弁してくださいよ」
友人「じゃあ俺らも敬語使わなぁ」
ヤツ「私年上の人は"お兄さん"って呼んでるんですよ」
僕は机をひっくり返し、皿に盛ってあったツクネを全部ヤツの口に捩じ込んで、アッパーカットを打ち込んでやろうと思った。
ヤツ「だから、"お兄さん"って呼びますね」
ヒッヒッフー。ヒッヒッフー。僕は瞬時にラマーズ法で怒気を散らし、冷静に、何も感情をこめずに答えた。
僕「いや、そういうのは求めてないから」
周りは笑い、ヤツは少し不満そうに拠点に引き返した。切り抜けた。魔の手を払い除けた。勝ちとは言えないだろう。不甲斐無いと思う人もいるだろう。しかし、そもそも、最初からこちら側に勝利は無かったのだ。僕らには引き分けと敗北しか、選択肢がなかったのだ。そして、僕は耐えきった。