掴んだその手を離さない

僕の前を女の子が走っている。
まるで僕を誘っているかのように・・・・・・。
僕は誘われるままに、その小さな背中を追いかける。
彼女は立ち入り禁止と書かれた看板のかかっている柵を軽やかに飛び越え、廃屋となった小さな建物に入っていく。
僕は柵を飛び越えようとして引っかかり、無様にこけた。
待ってくれ・・・・・・。
瞬間、彼女がこっちを見たような気がしたが、僕が顔を上げたときは、彼女が建物に入る後姿しか見えなかった。
僕は立ち上がり再び彼女の後を追う。
建物に入り奥へ進むと、僕を待ってくれている彼女の後姿が見えた。
僕はゆっくりと歩きながら彼女に近づいていき、そっと彼女の右手を掴む。
すると、彼女はゆっくりと僕の方に顔を向けはじめ・・・・・・。


僕はゆっくりと瞼を開ける。朝日が眩しかった。そして、自分の手を見る。もちろんそこには何も無い。再び目を閉じ夢のことを考える。これで3日連続でこの夢を見たことになる。しかも、いつも必ず同じところで目が覚める。彼女の顔は見えないままだ。
彼女はいったい誰なのだろう・・・・・・。
考えたって無駄だ。所詮、夢なのだから。僕は考えるのをやめ、まどろみを振り払う。それよりも、学校に行かなくては。時計の針は既に9時13分を指していた。
僕は1時間目には既に間に合わないから2時間目から出席することにし、しばらく自転車で町をうろつくことにした。
僕は自転車で町を適当に走っている間も、あの夢のことが頭から離れなかった。もしかしたら、3日前のことが関係しているのかもしれない。僕は3日前のことをほとんど覚えていない。40度の熱を出して寝込んでいて、気がついたらもう夜だったのだ。そして、あの夢を見るようになった。
舞台となる場所は僕の記憶の中には存在しないし、後姿しか見えない彼女が誰だか検討もつかない。しかし、夢の中でさえリアルな、あの手の感触は忘れない。僕は右手をポケットに入れ、その手をぎゅっと握り締めた。


僕がふと周りを見回すと、辺りには見たこと無い景色が広がっていた。どうやら考えることに夢中で、道に迷ってしまったらしい。僕は走っていれば、そのうち知っている道に出るだろうと思い、そのままペダルをこぎ続けた。
そして、僕は5分もしないうちに、知っている場所を見つけた。知らない風景の中で、その場所だけははっきりと分かった。僕は自転車を止め、その場所を見入った。夢の場所だ・・・・・・。
 

ぼろぼろの立ち入り禁止と書かれた看板。
僕が引っかかって転んだロープ。
彼女の後姿が消えていった廃屋。


間違いない・・・・・・。
廃屋からは今にも彼女が出てきそうで、僕はあの廃屋に入りたいという衝動を我慢できなくなっていた。僕は恐る恐るロープを超え、廃屋に近づいた。
彼女はこの中で今でも僕を待っている。そんな気がした。同時に相反する考えも浮かんだ。もし彼女がいなかったら・・・・・。僕は少し怖くなり、廃屋の入り口で立ち止まり、ポケットに手をいれ、再び手を握り締めた。いや、いなくて当たり前なのだ。僕は考えることをやめ、廃屋の中へ歩き出した。


廃屋に入ると、僕は一つのことを確信した。僕はここに来たことがある。中は何から何まで夢と同じで、それは彼女の存在も確かにしていくようだった。
僕は彼女の手を掴んだあの場所に行くために、更に奥へと進みだした。すると、僕は僕の夢が次々と、現実に変わっていくような感覚にとらわれた。そして、目の前に青いビニールカバーが見えたとき、僕は全てを思い出した。
そうだ。
僕はここで彼女に追いつき、彼女に近づいていったのだ。
自信が確信に変わり、夢が現実になる。


僕は彼女の右手を取り、彼女はゆっくり僕を振り返る。
その顔は恐怖に引きつっていた。
僕は満足げに微笑んで、振り上げた鉄パイプを彼女の肩に振り下ろす。
彼女は奇声を上げ倒れようとするが、彼女の手を掴んだ僕の手がそれを許さなかった。
僕はそのまま3回程、彼女を殴りつける。
そして、彼女の頭に鉄パイプを振り下ろそうとすると、彼女は手を上げて顔を守ろうとした。
駄目じゃないか。手は大切なんだよ。
僕はそう彼女に優しく語りかけると、彼女の脇腹に鉄パイプを振り下ろした。
彼女はうめき声を上げ、脇腹を押さえる。
そして、僕は彼女の頭に鉄パイプを思い切り叩きつけた。


僕は青いビニールカバーを剥いで、3日前から動かなくなった彼女を確認する。顔は歪み赤黒く変色し右半分は乾いた血がこびりついていて、生前の面影は微塵も感じられなかった。腕は変な方向に捩れ曲がり、その先にあるはずの右手が無かった。僕は右手をポケットに入れ彼女の右手を確認すると、その手をぎゅっと握り締め、恍惚の表情を浮かべた。